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BIOGRAPHY

● J・A・シーザー [J・A・Seazer]
1948年宮崎県生まれ。静岡県育ち。

1969年、演劇実験室◎天井棧敷に入団。寺山修司の勧めで音楽を始める。
『邪宗門』ですべての音楽を担当。演劇実験室◎天井棧敷の座付き音楽家としてデビュー。
以降、全作品の劇伴音楽を手掛ける。
1971年の寺山修司監督映画『書を捨てよ、町へ出よう』以後、『田園に死す』『ボクサー』『上海異人娼館』『草迷宮』『さらば箱船』等、寺山監督映画の音楽を担当する。

1975年の『疫病流行記』以降の舞台作品は寺山修司と共同演出。

1983年、寺山修司死後、解散した演劇実験室◎天井棧敷を引き継ぐ形で演劇実験室◎万有引力を結成、主宰者となる。以降現在迄の全作品を演出。

1986年、エジンバラ国際芸術祭にオリジナル作品「SUNA=砂漠の動物園」(作、演出、音楽)で参加、日本人初の最優秀演劇賞=フリンジ・ファースト賞を受賞。

1991年の『リア王』(演出・音楽)でイギリス・ジャパンフェスティバルに参加。シェークスピア生誕の地で、日本の団体として初めて上演された。

1997年、人気アニメ―ション「少女革命ウテナ」の劇中音楽を担当。

2005年、愛知万博の瀬戸日本館での群読叙事詩劇「一粒の種」の作・演出・美術・音楽を手がけ、博覧会国際事務局(BIE)より日本を代表するアトラクションとして選出される。

 

2012年5月、新宿FACEにて30年振りにコンサートを開催、超満員の観客が詰めかけた。以後、音楽家としてのライブ活動も精力的に再開。

公演の情報はこちら

演劇実験室◎万有引力

/A laboratory of theater play Universal Gravitation

1983年8月1日

天井棧敷時代そのほとんどの作品の音楽及び共同演出を担当したJ・A・シーザーと天井棧敷の劇団員31名とで結成。

「万有引力とは人間同士が互いに引き合う孤独の力のことである」という寺山修司の言葉(もとは谷川俊太郎『20億光年の孤独』からの引用である)に因み、「演劇実験室◎万有引力」と命名。

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